百丈野狐

政府の推進するいわゆる働き方改革にも謳われているが、従来のように仕事場を限定せずに働くことができるというのは、持病がありなおかつシングルの自分にはことのほか有難い。さらには高齢の親と同居していれば尚更だ。こういう環境で通勤に割ける時間はそう多くない。しかし特に東京ではそれを避けて通れない。かくして疲弊し消耗することとなる。私の持病もことによると原因はこの辺りにあるのかも知れない。

自分の問題とそれを取り巻く周辺の問題というのは常に曖昧なものだ。その境界は予定的に茫漠としている。自分への責任は実は環境に原因があるのかも知れない。負わなくても良い責めを自ら抱え込んでいることに気づかないことはよくある。

自由な場所で仕事が出来るというのはいい。これが可能なのは職種にもよると思うが、例えば製造の現場、場所に依存するサービス業などは無理だ。しかし営業や管理部門、マーケティングなど企画部門なら別に特定の場所に集まる必要はない。既にこういう仕事の形態を採っている企業もあるかと思うが、おそらくそう多くはないだろう。

いわゆるノマドワーカーを組織が許すようになればある種の環境の人間には助かる。それは自分のように管理する側でも同じだ。会議などはネットでいくらでも出来るし部下への面接もFaceTimeやskypeで出来るではないか。

ただ、こういう環境を既に導入している企業は大企業の一部職種か、IT関係が殆どだろう。随分前に在宅勤務だのサテライトオフィスだのと話題になってそれがなかなか実現しないというのは、毎日面と向かって上下関係を確認し合わないと殊更不安になるという、これは人間の持つ宿痾のようなものがそうさせるからか。

とはいえ、組織にいる時間もあとわずか。12月はその段取りで忙しい。

(表題は無門関 第二則)

 

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