ハイパー・デジャビュ

つまらない考え事をしている時などに、不意に突き抜けるような開放感とか心湧き立つ疾走感のようなものが心をよぎることがある。

どういうきっかけでこういう感覚になるのか自分でも不思議だが、何らかの記憶の連想なのかも知れない。

以前、下諏訪の街を歩いている時に、そこが幼い頃の自分の家の周辺に似ているなと気がついた瞬間、たちまち同様の感覚に捉われて当惑したことがある。その際、下諏訪を訪れたのは初めてだったが、この感興はいつになく長く続いた。

甲府にあるほうとうの老舗に行った時にも同じような感覚に陥った。ちなみにほうとうは山梨名物で、かぼちゃが必ず入っている味噌味の煮込みうどんだ。麺は平たく無骨で歯ごたえがあり今の季節は温まっていい。

いや話を元に戻すが、それはよくあるデジャヴュとは明らかに違う感覚なのだ。

デジャヴュは、なんとなく以前来たことのあるような、前に同じシーンがあったような、などという覚束ない、かすかな匂いのようなものだが、これはそれよりはるかに心浮き立つ感覚と鮮烈さがある。

これを個人的にハイパー・デジャヴュと呼んでいる。普通のデジャビュより出現回数は少ないが、何故か最近心なしかその機会が増えているようだ。

しかし、よく思い出してみると、どうも子供の頃の記憶がふと蘇った時に現れている気はする。いや、それは果たして子供の頃なのか、ことによるとそれより前の記憶なのか。何らかの、思い出せないほど記憶の底に沈んでしまった体験が何かのきっかけでふと引きずり出される時の感覚といえば近い気はする。

こんな感じが多くなるのは良いことなのか。あるいは何か大きな変化の予兆なのか。悪い感覚ではなくむしろ出来ることなら長く味わっていたい気はするが。