昔のクロッキーと鉛筆復権

Type Pad系のココログからWordpressに移行してから、アイキャッチ画像を設定するテーマ、つまりブログのデザインを選んでいるのでエントリするたびに画像設定をしなければならない。Wordpressのテーマは殆どがエントリ上部に表示されるアイキャッチ画像を要求する。いや、必ずしも設定しなければならないということはなく、テキストベースのテーマも多く存在するのだが。

しかし画像は設定すると綺麗だ。何か充実した内容のサイトに見える。いや本当は自分が精神的に苦しくなってきたときにその遣り場として吐き出すようにエントリしているに過ぎないので充実も何もあるわけがない。その画像もそもそも自分で撮影した写真がいつも使える訳ではなく、正直なところそれほど写真を撮っているわけでもない。そのため多くは著作権フリーの画像サイトであるpixabayで画像をお借りしている。こういうサイトは助かる。このエントリの写真もそこでお借りしたものだ。

学生の頃には水彩、アクリル、油彩、銅版画などをやっていた。やっていたといっても専門ではなく飽くまで趣味としてだったが、その後写真が面白くなって絵はあまり描かなくなってしまった。当時の画材は物置にあることはあるが、もうカビてしまって使えないだろう。しかし書棚には当時買った技法書もまだある筈だ。そう思ってよく見るとそこに当時のクロッキー帳を発見した。眺めてみるとかなり下手だ。でもページをめくるうちに懐かしくなった。

それからまた絵を描いてみたくなり、仕事帰りにすずらん通りの文房堂や新宿の世界堂などに寄るようになった。それほど本格的に描きたいわけではなく、F0の小さな紙にスケッチを描いて水彩でちょっと彩色できれば満足だ。

そう思って、いま絵の具を物色中だ。固形水彩の小さなものがいい。今は水筆という昔は無かった便利なものまである。海外製の有名なメーカの物はそれなりに高いが、この際、思い切って買ってみようか。

これに関連する訳ではないが、最近自分の中では鉛筆が復権して、仕事、プライベートを問わずシャープペンシルは使わなくなった。

鉛筆は究極のアナログだ。書き方、削り方で線に表情が付く。文字も何となく暖かいし、実際持つと木の感触が暖かい。削れば精神を落ち着かせる木の良い匂いが立ち上る。そう思いついて、昔のチビた鉛筆を引出しから引っ張り出して鉛筆削りやカッターで削り、持ちやすいように補助軸も新調した。

仕事場にも無印良品の、プラスチック製でチープだがよく削れしかも600円と安い鉛筆削りを買って書いてはガリガリと削っている。この仕事とインターバルとしての削り作業とのリズムがなかなか良い。クロッキーもそれ用に芯が長く出るように削ったものを用意した。そうして子供の頃には高くて買えなかった三菱のHi-uniを大人買いした。

この位の贅沢はそろそろしても良いような気がする。なにせ1本150円前後もする高級品なのだ。大事に削りながら、もうこれ以上削れなくなるまで使い、残った短い鉛筆は子供の頃に使っていたものと一緒に透明なガラス瓶に入れて保存することにした。これが溜まってゆくのが今から少しばかり楽しみだ。まぁ、そんなことで嬉しくなる、そういうこともある。